例年にはない対応が多くあった今年度も間も無く終わりを迎えますね。
そろそろ卒業式だという学校も多いのではないでしょうか。
そこで、卒業時に発生する専任、非常勤の雇用形態による差をまとめます。

卒業式の参加の有無

今年はコロナ対応による参加者の人数削減もあるので、例年より目立っているようにも感じます。
卒業式に参加するかどうかですが、学校によって対応が変わります。
①講師は雇用形態に関わらず全員参加
②専任講師は参加し、非常勤講師は自由参加
③専任は参加し、非常勤講師は参加を認めない
以上の分け方をよく耳にします。

特に今年の人数削減は非常勤講師は参加できない③が多いようです。
学校によっては非常勤でも担任を務めているところもありますし、専任は一切授業に入らないで非常勤が授業を回している場合もありますので…
個人的には思うところがありますが、日本語学校ではよくあることです。

専任が偉い、と言わんばかりの対応もありますが、非常勤と専任をボーダレスにしようと思うのであれば、(特に非常勤側がそのように意見を出したいのであれば)、残念ですが、一旦常勤になって内部から変えていくなどのステップが必要かもしれません。
専任を悪く言うつもりはありませんが、この時期になると「私の可愛い学生たち〜」と全部私が中心に進めたのよ〜という専任も現れます。
理不尽に感じる非常勤講師もいると思いますが、あまり気にしないことをお勧めしたいです。
また、学生からの反応を求めるのであれば常勤講師を目指すと言うのも選択肢に入れたほうがいいかと思います。

業界を変えようと頑張っている人がいるのも確かですが、古い考え方を変えるのは難しく時間を必要とします。
特に日本語教育業界の年齢層を見ると一目瞭然ですが、若い世代が圧倒的に少ないです。
何十年も後に、業界内で改善される可能性はもちろんありますが、自分が第一線で働いている間に達成できるかどうかは別の話です。

専任講師にのみ学生からの贈り物がある

謝恩会などで学校が介入している場合も多くありますが、「ありがとう」というメッセージだけを例にとっても、担任(専任)講師にはあるが、非常勤講師にはないという場合も多々発生します。
学生の印象に残っていない場合もあるので、こればっかりは善意をよこせと言うのもおかしな話ですが…
専任がリードしてこのような活動をしている場合でも非常勤講師が含まれないことは多々あります。
気が付かない先生というのは、悪気なく全く気がつきません。
その学校では毎年そんな感じで進みます。
こういうところで?と思うこともありますが、はっきりと言うか、割り切って流すかしかないと思います。

担任でも名前が呼べない

これは「担任が呼べば?」と思いますが、学校によっては担任ではなく専任というだけで卒業生の名前を呼ぶらしいですね。
卒業証書を渡すときに名前を呼ぶのは、その先生にとって最後の呼名になるので、勤務形態は関係ないと思いますが…

まとめ

基本的には専任か否かで役割が変わることが多く発生します。
私は非常勤講師でも学校運営の必要な役割を果たしている。特に授業の質は非常勤講師が積み上げてきた側面も無視できないはずだと考えていますが、「専任講師」「学校経営者」からみると、非常勤講師はそこまでではないと軽くみられていたり、人員削減の際には一番最初に問答無用で切られることが仕方ないと思っている場合もあります。

不公平は嫌だと、自分はそのように扱われたくない場合は、専任講師になるというのも選択肢に入れたほうがいいのかもしれません。
前述しましたが、業界が変わるのには時間が必要です。
どんなに個人が積極的に動いても、今日明日で変わることではありません。

投稿者

ひとつ目ちびぃ

こんにちは。ひとつ目ちびぃです。 なんで「ひとつ目」かって? 網膜剥離で片目がほとんど見えなくなりました。 (ちびぃはチビだからですよ♡) でも、下を向くのはもうおしまい! 今までと一緒でこれからも、前向いていっぱい楽しむのです♪

コメントを残す